1924年11月出版

No. 006.01  囃し

支那人は概して喜怒哀樂を卒直に表現する寫真の如さ藝人達の演ずる處は實に賑かで日本人には少し喧しい位である、彼等藝人の中、女は種々の歌を唄ふのであり、十歲位から二十歲迄位が多く、男は主に彈奏の方を演るので偶には四十五十の爺もある。

街头艺人

中国人大多喜怒哀乐皆形于色、毫不掩饰。像照片中艺人们的表演实在热闹,对日本人来说甚至有点过于喧闹。这些艺人中,女性演唱着各种歌曲,年龄多在十到二十岁间;而男性主要演奏乐器,偶尔也有四五十岁的老翁。

No. 006.02  乞食(大連)

大連には可成支那人の乞食が多い、燒き付くやうに暑い夏の日中、暈の仕相な强い舖道の反射も物かは、勝手口から塵箱ヘと野良犬の樣に廻て步く,彼等は飯、汁,肴、木、着物等凡そ人間の生存に有要なるべき何物でも手に入りさへすればそれでよいのである、勿論虱や南京虫に年中嚙まれる位の事は何の事でもありやしない。

乞丐(大连)

在大连的中国人乞丐相当多。在炎炎夏日里,他们在后门和垃圾箱间转悠,毫不在乎炽热铺路石的反射强光,就像野狗一样。只要能弄到饭、汤、菜、柴火、衣服等生存的必需之物,便心满意足了。当然,常年被虱子、臭虫叮咬之类的事,对他们来说根本不算什么。

No. 006.03  鑄掛師

支那人は、手先の仕事は割合に巧みである鑄掛屋等はバケツや、洗面器類の修繕は無論だが、玩具の壞れも直せば、茶碗の破れ目なんかも錄を打って止める、そして生活程度が低いからでもあらう、僅に一錢二錢の仕事にも應ずる、擔いでゐる天秤棒が馬鹿に長い如うに彼等の氣分も亦至極悠長さうに見ねる。

补锅匠

中国人的手工艺活相当娴熟。补锅匠们不仅能修理水桶、脸盆之类,连坏了的玩具也能修,甚至能用锔钉修补茶碗的裂缝。可能是因生活水平较低,连一两分钱的活儿也接。他们挑的扁担看上去特别长,其性情看起来也极具从容不迫。

No. 006.04  支那木挽

機械でやれば十分間で片付きそうな仕事でも、彼等は一日かからうが二日かからうが、そんな事は考へて見た事もあるまい、そこは大悟徹底したもので、兎に角上と下と二人掛りで鋸を動かしてさへ居れば矢張り角材が板になる、要するに滿洲ではなまじつか機械を使用するより、勞銀の安い彼等を使用する方が安上りなのである。

中国伐木工

那些用机器十分钟就能干完的活儿,他们花上一天、甚至两天也毫不在意,似乎从未考虑过效率之事,在这方面可算是大彻大悟了。总之,只要两个人一上一下地不断拉锯,木头总会变成板材的。归根到底,在满洲,与其使用半吊子的机器,还不如雇用这些工资低廉的劳工更为划算。

No. 006.05  豚饅頭製造所

と云ふと大きく聞ねるが、事實又はやり屋になると馬鹿にならぬ賣上高を算するさうだ饅頭の中には餡の代りに豚肉の小刻みにしたのと、玉葱や韮等を混ぜ合せて詰め込むのである、それに好い加減の鹹味を附けてあるから、鱈腹食つても胸のャケル心配は少いが、息の臭い心配は大にある、而し韮等を入れず日本人向に拵へたのもある、支那の料理のうちで安價で量の多いのは之が一番である。

猪肉包子制造所

虽说称“制造所”听上去有些夸张,但实际上,这类包子铺生意兴隆,销售额绝不容小觑。包子里不放豆沙馅,而是塞入了切碎的猪肉和混合洋葱、韭菜等,并加以适量的咸味调味。因此,即使吃多了也不太会担心反酸烧心,反而很担心口气会变重。也有不放韭菜之类的专为日本人制作的版本。在中国饮食里,包子是既便宜、量又足的首选。

双语《亞細亞大觀》第6回-各行当之风俗

No. 006.06  粉條子(支那素麵)

粉條子は粉干とも云ひ、日本人は皆支那素麵と稱して居る、綠豆又は吉豆とも云ふ青小豆の澱粉を主な原料とし,之に高梁,包米若くは馬鈴薯、薩摩芋等の澱粉を混じて作り、一度煮沸して干し上げたものである、一見美しくて柄の良いものだから、支那土產として喜ばれる、日本人の口には大して美味いと云ふ程のものではないが、スキ燒の時よく使はれる。

粉条子(中国素面)

粉条子也称粉干,日本人都称之为中国素面。主要以绿豆或称为吉豆的青小豆淀粉为主要原料,再混入高粱、玉米、马铃薯、红薯等淀粉制成,经过一次煮沸后晒干。其外观漂亮且花纹好看,作为中国特产很受欢迎。虽然日本人并不觉得特别美味,但做寿喜烧时会经常使用。

No. 006.07  高梁の取入れ

高粱は支那人の主なる食糧であり、恰も日本に於ける米の如く重要な作物である,而も稻の如くに水や旱天の心配は要らず一雨降つて一箇月餘りも照り續けるといふ樣なこの滿洲邊りの夏の氣候は高粱に取つては誂へ向なのである、實を落すには乾かして置いて、その上を寫真の如く馬に石臼を洩廻はらせるのである、葉や莖は馬糧にもなり又よく燃料に用ゐられて捨てる所はない。

高粱的收获

高粱是中国人的主要食粮,其重要性犹如日本的大米。而且它不像水稻那样需担心水患或干旱,在一场雨后连续晴上一个多月的满洲夏季气候里,对高粱来说正合适。为了脱粒,先将高粱晒干,然后像照片中那样让马拉着石碾在上面转圈碾压。高粱的叶子和茎秆可作马料,也常用作燃料使用,几乎没有丢弃的部分。

No. 006.08  白菜の山

と云ふと少し大袈裟にも聞ゆるが、十月頃取入れ盛りに支那農家部落に行つて見るとどこも彼處も白菜が山の樣に積まれてある、それを又多くの男女が總がかりで彼等一流のお喋舌りをしながら撰り別け揃ヘて居るのである、之をチヤンと貯藏して置いて冬から春にかけてそろそろ大連、奉天等の大都市ヘ送り出すんださうだ。支那料理で一番先に出る例の酸菜と最後に出る火鍋子(ホウクオヅ)の材料の一つは必ず此の白菜付が物である。

白菜山

这么说可能有点夸张,但到了十月的收获旺季,去中国农家村落看看,到处都堆着如山般的白菜。许多男女一齐上阵,一边用他们特有的方式闲聊,一边进行分拣整理。据说会将这些白菜妥善储藏起来,再从冬到春逐渐运往大连、奉天等大城市。中国宴席上最先端出的例盘酸菜,以及最后端上来的火锅,其中一样必备之材料必定是白菜。

No. 006.09  輾子と磨

輾子は日本の杵又は上臼に相當し、磨は下白に相當する役目を勤める農民の取入道具である、高粱でも粟でも磨の上に載せてそれを輾子で廻して殼皮を剝ぎ、又粉に碎くのもある、驢馬に目隱しをしてあるのは、めまひを起させぬ為ださうな、驢馬は全くよく盲從して居る、山東の或片田舍で支那人に誘拐された日本の女が、この驢馬代りに轆子を曳かせられて居たと云ふ話を、いつぞや聞い事たを想ひ起して嘸やつらかつただらうと考へた。

碾子与磨

碾子相当于日本的杵或上臼,磨则相当于下臼,是农民的收获工具。无论是高粱还是小米,都要放在磨盘上,通过碾子旋转来脱壳,或者磨制成粉。给驴蒙上眼罩,据说是为了防止它眩晕,这让驴子可以完全盲目顺从。想起在山东某偏僻乡村,曾听说有日本女子被中国人诱拐,被迫代替驴子拉碾之事,那也实在太过分了。

No. 006.10  機織

かう云ふ光景は日本でも極く田舍へ行くと未だ見られる圖である、之は金州城外陽當りのよい處で機織屋が糸を揃へて居るところであるが、機織屋と云っても家庭工業域を出ない幼稚なものである、勿論工場を建て機械を据ゑで動力でやつて居るのもあるが、之は左樣でない矢張パタンパタンとやる手織である。

织布

图中景象在日本非常偏远的乡下还能见到。这是在金州城外的阳光充足处,织布工正在整理丝线的场景。虽说是织布屋,但亦未超出家庭工业的范围,颇为原始。当然,也有建起工厂、安装机器、靠动力织布的地方,但这里并非如此,依旧是哐当哐当作响的手织机。


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